an at me ♡*

台湾生活思い出日記❥❥

台湾を選ぶ理由

 

偶然youtubeで《我在这里的理由》というドキュメンタリー集を観ました。

 

中国人女性と結婚した日本人男性が、

日本で暮らす中国人。中国で暮らす日本人。

様々な事情を持った人たちになぜ異国の地を選んで暮らしたのか?

そこに住む理由は?

と生活に密着し、彼らの心情を問う番組です。

 

私も今は台湾で生活しているのでとても楽しく鑑賞しました。

 

それと同時に、私が台湾に住み、台湾を選んだ理由は何だろう?

台湾に来て半年が過ぎ、私が台湾を選んだ理由は、彼がいるから。

そんな単純な問題ではないと思い、過去を振り返りながら少し考えてみました。

 

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「 ①もともと幼い頃から中華圏に興味を持っていた 」

 

自分でもかなり珍しい人間だと思いますが、中国へ頻繁に出張へいく父の影響で、物心ついた時から中華圏に強い興味を抱いていました。

 

小学生から中学生で選ぶ読書感想文はすべて三国志などの中国文学。

卒業文集の将来の夢は中国に留学して中国文学者になること。

 

高校は中国語の授業がある総合高校を選び、二年間履修しました。

大学受験も文学がなここ!と言われる大学の中学文学科一本に絞り、

自己推薦型で入学しました。

 

 

「 ②自分は中国に行くのだと思っていた 」

 

日本の高校を卒業したら中国の大学に入学しようと思っていた私。

そんな高校二年の夏、中国語の先生から上海に一週間の留学体験の参加を勧められました。

この体験は本当に良い経験となり、いろいろ考えた結果、とりあえず日本の大学に進学し、在籍中に中国に留学に行くという決断を導いてくれました。

 

また私の大学の中国文学科は二年次の後期に名門校の天津の南開大学に留学できるというプログラムまでついていました。

大学受験の面接でも、「自分は必ず参加する!そのために高校で中国語検定まで取得した!!」と熱く語るくらい楽しみにしていました!(笑)

 

「 ③突然の中国留学⇒台湾留学に変更 」

 

私が大学に入学した年に、北京のPM2.5の悪化が原因で、留学先が天津から上海の復旦大学に変更されました。

 

天津の南開大学に行けなくなったことはショックでしたが、

上海は好きだし、復旦大学も名門校できっと良い留学体験になると思い、

来年上海に行くのを楽しみにしていまいた。

 

しかし、二年次になった時、今度は日中関係の悪化で上海行きも中止され、

そこそこ長い歴史の中で、私たちの代から初めて台湾に変更になったのです、、、、

 

「 ④てかまず台湾ってどこだよ 」

 

上海⇒台湾変更は、天津⇒上海に変更のショックとは比にならないくらいのショックでした。

 

しかも台北ではなく台南。南台科技大学って何?どこ?は?って感じでした。

( 今は南台科技大学めちゃめちゃにはちゃめちゃに大好きです )

またこの突然の変更で留学プログラムの参加を辞退する人も何人かいました、、

 

そこで私は、高校の中国語の恩師に相談しにいきました。

私の先生は中国人女性なのですが「台湾??中国よりずっといいじゃない!絶対楽しいわよ~~!」と背中を押され留学を決めました。

 

「 ⑤そして台湾の虜へ 」

 

そして台湾に留学し、すっかり台湾のとりこへ、、、、(笑)

 

当時乗る気じゃなかった留学にくわえ、失恋、台南で入院と負の連鎖が続きました。

しかし退院した直後に、本留学から帰ってきてたばかりの彼と運命的な?出会いをし、留学生活が一気に楽しくなりました。

南台科技大学の校舎の中には彼との様々な思いでがあるから好きなんですよね~(誰も聞いてない)

 

 

「 ⑥今台湾に暮らしていて思うこと 」

 

とにかく暮らしやすい。

 

なにより人がいいに尽きる。

 

全体的にのんびりしていて、おおざっぱで細かいことは気にしないスタンス!

観光地に行くとノスタルジックな日本みたいな感じで素敵!

留学の頃の友達も、会社で出会った人も一度仲良くなったら兄弟のような関係になる!

なんかあったら全力で助けてくれる!

とにかくご飯、スイーツ、飲料、が美味しい!

日本と日本人を大好きでいてくれる!

といろいろとあるのですが。

 

私のまわりの日本社会で働く両親、兄姉、先輩、友達を見ていて、

みんな口を揃えて「仕事辞めたい。会社に行きたくない。」って言うのです。

 

もちろん、社会には楽しく好きな仕事をしている人もいます!!

 

私自身、大学の頃体育会系のマネージャーをしていて、運営の半分は社会と関わっていたのもあり、ノルマやスキルをかなり求められ、大学生とは思えない忙殺な生活を送っていました。

 

会社で昇格することが目標。日本の会社でずっと働けば一生を家族を守ってくれるから。だからストレスも人間関係も満員電車も残業も接待も飲み会も頑張る。

 

そんな知り合いの話を聞いていて、まるで会社のための人生のようだなと思いました。

 

私は大学のマネージャー業の忙殺期にストレスで治っていたアトピーが全身にでて、お風呂はお母さんに入れてもらわないと入れないくらいの状態になったことがあります。

 

そこで私は、これからはストレスのない生活を第一に考えることにしました。

 

なんとなく、私がこのまま日本社会に入ることは虚無感の中でストレスだけを感じて生きていく気がしてしまったのです。

 

彼は日本の正社員がうらやましいと言います。給料が高くて安定しているから。

 

不安定な経済でお給料もそんなに高くない台湾に生まれた彼は、

「自分で努力した分だけ稼げるようになりたい。自分の好きな仕事で、だから自分で会社を創りたい。」

とかれこれここ三年は目標に向かって頑張っています。

 

しかし起業も簡単なことではないので、借金を抱えたら私が日本へ帰って働こうと思っています。

 

また、彼だけではなく、彼のコックの友達も「いつか自分の店を持ちたい」と海外に修行しにいき、沢山貯金しています。

別の友達は去年上海で靴屋を開き、店長として頑張っています。

 

日本の友達と話すと会社や仕事の愚痴ばかり。

台湾の友達といると目標に向かって頑張る話ばかり。

 

同じ時間を過ごすならば前向きな人たちと一緒にいたいと思いました。

 

私自身、やっぱり中国語が好きで、中国語をとことん使う仕事がしたいです。

 

台湾にいると、四六時中中国語に囲まれ、夢を追うイキイキとした人たちと一緒にいられ、ほんとにストレスのないここち良い環だなと実感します。

 

私が台湾を選ぶ理由は

日本にいるよりもずっと自分らしくいられた自分で、

前向きな大好きな人たちと一緒にいることができるからだなと思います。

 

きっと日本じゃなくて、天津じゃなくて、上海でもなくて、

台湾だかこそ見つけられた場所なんだと思います。

 

本場の中国で文学の勉強をしたかった私は

卒業後は古典なら北京へ、現代なら上海へ留学しようかとも考えました。

しかし留学後の将来ビジョンもみえず、、、そこまで本気になれなくて

 

でもやっぱり私の場合、夢<<<人 だったんですよね。

 

楽しいことや、良い事ばかりではないですが、

時に卒業してすぐこっちへきた自分の選択を振り返ったりしますが、 

 

 

今は本当に台湾に来てよかったな~と思います(*´ω`*)